暮らしやすい杉並の神社・仏閣をご紹介

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暮らしやすい!杉並の神社・仏閣をご紹介

江戸時代に徳川将軍家より
御朱印寺領を賜った寺社があります

杉並区には、大宮八幡宮や井草八幡宮などの大社や落語の「堀ノ内」に登場するお祖師様、妙法寺などがあります。御朱印寺領を賜った神社としては、大宮八幡宮が朱印15石、井草八幡宮が朱印6石、お寺では、今川家の菩提寺である観泉寺が10石の朱印状を賜っています。また、妙正寺も徳川三代将軍、徳川家光より朱印状五石を賜り、御朱印寺として有名になりました。その他にも「高円寺」の地名の由来となった「宿鳳山 高円寺」や気象神社がある事で有名な「高円寺氷川神社」に、伊勢神宮とつながりがあり、天照大御神(あまてらすおおみかみ)、須佐之男尊(すさおのみこと)、月読尊(つくよみのみこと)と三貴子(さんきし)を祭神にしている阿佐ヶ谷神明宮など100以上の寺社が存在しています。
法光山 妙正寺
文和元年(1352年)に創建されたといわれる「法光山 妙正寺」
宿鳳山 高円寺
高円寺の地名の由来となっている「宿鳳山 高円寺」
気象神社
高円寺氷川神社に祀られている日本で唯一の「気象神社」
阿佐ヶ谷神明宮
国内でも珍しい三貴士を祭神にしている「阿佐ヶ谷神明宮」

日蓮宗本山 やくよけ祖師 堀之内妙法寺

妙法寺は江戸の頃より「堀之内厄よけ祖師」として親しまれてきました。古典落語の「堀之内」というお話は、そそっかしい男が、妙法寺にお参りに行くというお話です。境内正面の仁王門(山門)は、東京都の有形文化財に指定されています。本堂への玄関口で、格の高い住職しか入れないとされている大玄関の前に、国の指定重要文化財である「鉄門」があります。新宿方面から参拝に来る人は、現在の鍋屋横丁商店街を参道として利用していたそうです。今でもその鍋屋横丁に、妙法寺への道しるべ跡が残っています。
妙法寺仁王門
天明7年(1787年)に再建された妙法寺仁王門(山門)
手水舎 天明の水
天明の水の「手水舎」天明の頃より枯れた事のない井戸の清水。
祖師堂
堂内の金箔が荘厳な雰囲気をかもし出している「祖師堂」
国の指定重要文化財「鉄門」
英国人J・コンドル博士設計で国の指定重要文化財「鉄門」
妙法寺 本堂(三軌堂)
檀家の方の法要等が行われる文政5年(1819年)に建立された「本堂」
日朝堂
学問と眼病の守護日朝上人の御尊像が奉安されている「日朝堂」
願いが叶う 二十三夜堂
二十三夜信仰の二十三夜様をお祀りしている「二十三夜堂」
子育観音
境内の奥に建つ観世音菩薩「子育観音さま」

「東京のへそ」大宮八幡宮

東京都内でも3番目の敷地面積(1500坪)を持つ大宮八幡宮は「大宮氷川神社」「秩父神社」と共に武蔵三大宮の一つと数えられた歴史ある神社です。境内から弥生時代の遺跡が発掘され、太古から聖域だったようです。この八幡宮は「東京のへそ」と銘打っているのですが、大まかに地理的な位置を説く方もいれば、東京の人口分布図的に「東京の人口の重心」に位置するからという説もあります。茶室の入り口には、今なお「御神水」がわき出している多摩清水社があります。また、境内には、天満宮や宝物殿(非公開)、弓道場などがあります。また、幼稚園、結婚式場なども併設されています。
参道の大鳥居
一直線に伸びる250mの参道に大鳥居が二つ
多摩清水社
今なお「御神水」がわき出している「多摩清水社」
神門
大きな絵馬がかけられた「神門」
大宮八幡宮ご社殿
総檜造りの大宮八幡宮のご社殿
大宮天満宮
菅原道真公ゆかりの社学問の神様「大宮天満宮」
結婚式場 清涼殿
社殿で結婚式を行い、披露宴会場となる「清涼殿」

流鏑馬も行われる井草八幡宮

井草八幡宮は、源頼朝公が奥州藤原泰衡征伐の際に戦勝祈願をして立ち寄ったと伝えられています。その頼朝が植えたとされる樹齢100年以上の天然記念物の松があったのですが、かなり昔に枯れてしまい現在の松は、2代目になります。長い直線の参道では、例大祭で5年に一度、流鏑馬が行われます。幼稚園や歴史資料館も併設されていて、都内でも有数の広さを誇り、富士講に関する小山で、実際に富士登山出来ない人たちの信仰欲を補うための富士塚も保存されています。また境内左手には宝物殿があって、お正月の三が日と大例祭のときだけ、一般開放されています。拝殿の奥には、杉並最古の木造建築物の一間四方の朱塗の本殿があります。
井草八幡宮の大鳥居
高さ約9mで青梅街道に面している井草八幡宮の大鳥居
大灯篭
高さ約9m、屋根は銅板葺きで八畳分の広さがある大灯篭
流鏑馬が行われる東参道
5年に一度行われる「流鏑馬」の馬場となる東参道
楼門
一対の随神が納められている「楼門」
広く落ち着いた境内
広く落ち着いた境内
拝殿と本殿
拝殿の奥に、杉並区最古の木造建築である「本殿」があります。

今川家累代のお墓がある観泉寺

今川家13代の領主直房が下井草にあった「観音寺」を菩提所とさだめ、そして「観泉寺」と改称して現在地へ移しました。 その後、祖父氏真の墓を観泉寺へ改葬し、以後今川家の菩提寺となりました。本堂の裏手にある墓地の一角に今川家歴代のお墓があり、東京都の指定旧跡になっています。「今川」の地名は、杉並区発足にあたり、今川家の菩提寺「観泉寺」があることに因んでつけられた町名だそうです。境内には、観音堂や鐘楼、閻魔堂などがあり、枝垂れ桜や紅葉などの名所としても有名です。
今川氏累代墓の石碑
東京都の指定旧跡を表す石碑
観泉寺山門
威厳を感じる観泉寺 山門
観泉寺境内
手入れの行き届いた観泉寺 境内
観泉寺 本堂
1764年に再建された本堂
1693年奉建の6地蔵と7観音
1693年奉建の6地蔵と7観音
三界萬霊の石碑
すべての精霊を供養する「三界萬霊」の石塔
今川家の墓所
塀で囲まれた今川家の墓所
今川家の墓所
歴史の重みを感じます。